白山といわれて、どのエリアか分かるでしょうか。
白山は東京都文京区にあり、東京大学も近く、東洋大学などがある文教エリアに位置します。古くより、高級住宅街としても知られています。
この記事では、白山の特徴や歴史、交通アクセスや賃料相場などを見ていきましょう。
目次
白山の特徴
白山は東京都文京区に位置し、東京大学のキャンパスがある本郷や六義園があり、寺町がある本駒込などと接するエリアです。
白山という地名から、山があったのか高台なのかと想像されますが、地名の由来はこの地にある白山神社です。白山神社は、天暦年間に、加賀一宮白山神社を勧請してできた神社と伝えられています。
加賀一宮白山神社は、現在の石川県白山市にある神社であり、古くより石川県、福井県、岐阜県にかけてそびえる、白山の山への信仰がありました。霊峰白山を御神体とする全国白山神社の総本宮であり、その1つとして、文京区白山にも白山神社が鎮座しています。
白山神社から地名がついたとされている、文京区白山の特徴を見ていきましょう。
歴史あるエリア
白山の地名の由来となった白山神社は、948年に勧請されたと伝えられています。
それ以前から、この地が発展していたことを示すものです。白山神社はアジサイの名所でもあり、現在でも地域の方をはじめ、国内外から訪れる観光客に親しまれています。
白山のなかでも多くの面積を占めているのが、東京大学の教育実習施設である小石川植物園です。正式名称は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園といいます。
植物学の研究・教育を目的とした東京大学の附属施設であり、都心の一角に位置しながら、約4,000種の樹木の栽培が行われています。80万点あまりの植物標本を所蔵、約2万点の植物学関連図書を有するなど、研究機関としての価値が高い施設です。
国指定の名所にもなっており、四季折々の草花が咲き誇る園内や温室、柴田記念館などの一般公開もされています。
161,588m²(48,880坪)にもおよぶ広大な面積があり、地域の方の散策スポットとして親しまれ、観光客にも人気の場所です。都心で思い切り緑に触れられ、マイナスイオンを得てリフレッシュすることが可能です。
白山1丁目には、井原西鶴の「好色五人女」などに登場する八百屋お七の墓があります。
八百屋お七の墓は、天台宗の寺院である円乗寺の境内にあります。八百屋お七は、この円乗寺に所縁の深い人物です。天和の大火でお七の家が焼け、円乗寺に避難をしてきました。
円乗寺には、火災から避難してきた人が集まっており、お七はそこで出会った寺小姓の佐兵衛と恋仲になります。火災がおさまり、家を再建して元の生活に戻ったお七は、佐兵衛に会いたいと願い、また火災が起きれば会えると思い立って放火をしてしまいました。
これにより火あぶりの刑となり、円乗寺に弔われたというエピソードが残されています。
文教エリア
文京区白山は、東京大学がある本郷と隣接しています。白山には、東京大学大学院理学系研究科附属植物園や、東洋大学の白山キャンパスがあるなど、文教エリアでもあります。
緑も多い恵まれた環境で、学生の姿も多く見られる治安も良い場所です。
高級住宅街
白山は、古くより高級住宅街として知られています。江戸幕府が置かれていた時代に、白山や本駒込などのエリアには、大名屋敷や武家屋敷などが集まっていました。その跡地が開発されて、邸宅地となった歴史があります。
一つひとつの住宅の面積が広い低層の邸宅街が、今も残されているのが特徴的です。一方、白山エリアの中央を南北に走る白山通りの沿道は、幹線道路沿いでもあり、オフィスビルやマンションなどの中高層ビルも建ち並んでいます。
大通りから路地に入ると、邸宅や低層の高級マンションなどが建ち並ぶエリアへとつながります。
白山の歴史
白山には、白山神社や小石川植物園など、歴史のある施設が多く残されています。
どのような歴史をたどってきたのかを見ていきましょう。
白山神社の歴史
文京区白山の地名の由来となった白山神社は、現在の白山5丁目に位置します。白山神社は、現在の石川県白山市にある加賀一宮白山神社・白山比咩神社を勧請し、天暦2年(948年)に現在の本郷1丁目に造成されたものです。
その後、現在の小石川植物園内にあたる巣鴨原の地に移されます。江戸時代に入り、五代将軍の徳川綱吉が将軍職につく前、小石川植物園に屋敷を造成することとなり、現在の白山5丁目へと移されました。
移転をさせた徳川綱吉と綱吉の母である桂昌院は、白山神社を厚く信仰したと伝えられています。
小石川植物園の歴史
現在の白山3丁目にある小石川植物園は、かつて白山御殿と呼ばれた江戸幕府の屋敷跡でした。3代将軍家光の四男であった徳松が、将軍に就任する直前に屋敷を構えました。
その後に、5代将軍綱吉となった人物です。
綱吉が亡くなると、白山御殿と呼ばれた屋敷が撤去され、その庭園などが薬園として整備されます。小石川御薬園と呼ばれた薬園は、江戸幕府が設置したもので、薬草の栽培や研究をはじめ、無料の医療施設である養生所も併設されました。
享保の大飢饉が起きた直後の享保20年(1735年)には、青木昆陽が小石川薬園内で甘藷を試作したという歴史も残されています。江戸幕府が倒れ、明治維新が起こると東京府管轄となり、その後に明治政府の文部省の所轄となります。
さらに明治10年(1877年)、東京大学の設立とともに、東京大学の附属施設になりました。小石川植物園内には、現在も美しい日本庭園が残されており、これは徳川綱吉時代における白山御殿の庭園の跡と伝えられています。
このような歴史もあり、昭和42年(1967年)頃まで、このエリアは白山御殿町と呼ばれていました。
東洋大学の歴史
現在の白山5丁目にある東洋大学は、哲学者である井上円了が設立した大学です。東京大学で学び、卒業後わずか2年で現在の文京区湯島に仮校舎を設けて、私立哲学館を設立しました。
創立から2年後、工事中の新校舎が暴風雨で倒壊したり、せっかく完成した新校舎が類焼により全焼したりするなどの出来事がありました。白山に移転して校舎を再建したのが、東洋大学白山キャンパスの礎です。
東洋大学前を通る旧白山通りは、中山道であった通りです。中山道は、旅人をターゲットにした宿屋や商店で賑わいを見せていた通りでした。
その伝統を引き継ぐように、昔ながらの面影を残す白山駅商店街が現在でも賑わいを見せています。
白山の交通アクセス
白山には、都営三田線の白山駅があります。都営三田線を使えば、水道橋駅や大手町駅、日比谷駅、内幸町駅、芝公園駅、三田駅、目黒駅などのオフィス街や官庁街へダイレクトにアクセスできます。
2駅先の水道橋駅で、JR総武線への乗り換えも可能です。総武線は、千葉方面や三鷹、八王子などの東京西部ともつながっているので、通勤にも利用しやすい路線です。
都営三田線は、巣鴨駅や板橋区役所前駅、高島平駅へもつながっています。豊島区や板橋区の東京のベッドタウンにもつながっているので、通勤にも使えます。
白山駅から2駅の巣鴨駅に出れば、JR山手線にも乗り換えられるので便利です。
白山のオフィス賃料相場
白山の賃料相場の坪単価は、30坪~50坪のオフィスで15,000円、50坪~100坪のオフィスで14,000円前後となっています。駅からの距離や周辺環境、オフィスビルの築年数や規模、設備などによっても変動するので、確認が必要です。
まとめ
白山は、江戸時代に、徳川家や諸国大名の屋敷などが並んでいた歴史ある地域です。現在では、その敷地の後が小石川植物園や高級住宅街になっています。
白山神社など歴史を感じる場所も多いほか、東京大学の附属施設である小石川植物園をはじめ、東洋大学がある文教エリアでもあります。白山には都営三田線の白山駅があり、オフィス街や官庁街にもダイレクトにアクセスできるほか、豊島区や板橋区ともつながっているので、通勤にも便利です。